2020年11月、諸星大二郎劇場としては3冊目となる『美少女を食べる』が発売された。
『ビッグコミック増刊号』に掲載された読み切りをまとめた短編集で、生き人形をテーマとした『月童』『星童』や悪趣味クラブで行われたとんでもない晩餐会『美少女を食べる』などが収録されている。
この記事では全7話のあらすじの紹介と感想、考察をまとめる。
収録作品のあらすじ《ネタバレなし》
鳥の宿
ビリーが帰ってくると、大人たちは暴れる雄鳥の舌を切ろうしていた。結局、雄鳥は価値がないからと殺されてしまった。
その夜、屋根裏に隠れていた雌鳥を見つける。ビリーは隠れて甲斐甲斐しく世話をしたが、しばらくして、雌鳥は大人たちに見つかってしまう。ビリーは隙を見て雌鳥を逃した。
その後、鳥の様子が気になり、彼らの住処である山へ向かうと鳥たちに捕まってしまう。
月童
科挙の予備試験を終えて帰宅した姚兆明(ようちょうめい)は、父から少年・月童(ユエトン)と彼に瓜二つの等身大の人形・星童(シエトン)を紹介される。
月童は星童を自在に操り、客人たちに舞を見せたり、お茶を汲んだりした。
そのうちに父は星童に芸をさせるのをやめてしまい、手が空いた月童は兆明の世話をするように言いつけられた。
その頃から、親戚の高おじが月童に好意を持ち、つきまといはじめる。
星童
兆明は科挙の試験に向かう前日、月童から星童の服の切れ端で作ったお守りを受け取る。
お守りを筆に忍ばせて試験を受けていると、ウニウニと人形が出てきて試験を助けてくれた。
兆明はその後の試験にも人形を持っていった。
すると、筆から出た人形は、母と妻が兆明が留守の間に星童を焼こうとしていると告げる。
美少女を食べる
19世紀のロンドン。とあるレストランで《悪趣味クラブ》の会合が行われていた。
皆を前に立ち上がった男は食事の前に話をはじめる。
それは男がかつて遭遇した秘密の特別ディナーの話だった。
アームレス
人型の戦闘兵器・アームレスは、時代が変わり、お払い箱になった。
彼女の両腕は胴体に格納され、使うことができない上に、本人の意思とは関係なく身体から出た兵器を暴発させてしまう厄介な性質を持っていた。
彼女が仕事を転々としていたとき、あるキャラバンで赤子を抱いた女と知り合う。キャラバンが襲撃にあい、アームレスは母子と共に逃げるのだが……。
タイム・マシンとぼく
春男はおじさんから頼まれ、ちいちゃんと映画を見ることになった。
「タイム・マシン 80万年後の未来へ」を見ている途中、トイレに立った春男が、席に戻ると横には成長したちいちゃんが座っていた。
俺が増える
アンドレは仲間と飲んだ帰りに女から声をかけられる。
翌日、女に連れられて入った部屋で目を覚ますとすでに女の姿はなく、二日酔いに悩まされつつも出勤した。
しばらくはおとなしくしていたが、周囲の人から「連日女の部屋に行っているらしいな」と声をかけられる。
身に覚えのないアンドレが再び女の部屋に向かうと、そこにはもう一人のアンドレがいた。
感想・考察《ネタバレあり》
巻末に作者による解題が収録されている。諸星先生はおとぎ話、民話、神話などから影響を受けたそうだ。
- 「鳥の宿」……舌切り雀
- 「月童」「星童」……生き人形(中国の伝奇物語)
- 「アームレス」……手なし娘
- 「俺が増える」……ドッペルゲンガー
人形のイヤラシさから感じる恐怖「月童」「星童」
私が特に気に入ったのは「月童」「星童」だ。
諸星先生は過去にも、生き人形をテーマとした作品「阿嫦(あこう)」(太公望伝に収録)を発表している。
「阿嫦」に登場する人形が女であるのに対して、「月童」「星童」に登場する人形は男だ。
しかも人形と主人公の間に人形を生き写しにしたような少年(月童)をはさんで、歪な三角関係が形成される。
主人公の兆明が愛したのは少年・月童だ。しかし、少年と人形は相通じ合い、時々身体を入れ替わる。
この人形の描き方がイヤラシイのだ。
少年・月童には恥じらいがあり、兆明に求められても照れている場面が多い。一方の人形・星童は積極的に兆明を求める。この人形のイヤラしさが印象的だ。
本当に人形なのかと疑ってしまうほど、人間くさい表情を見せ、むしろ星童の方が主人で月童は星童にあやつられる人形なのではないかと思わせる。
そのぐらい、星童は持ち主である兆明を溺れさせ、破滅に追いやろうと、確固たる意思を持って行動しているかのように見える。
皮肉で、ふしぎな話であり、なんとも言えない魅力を感じた。
それに比べると「阿嫦」の方はもう少し話が単純でスッキリしている。
どちらも主人を破滅させる人形の話だが、純粋な悪意の塊である「阿嫦」と、淫靡で人間くさい「星童」とどちらの方がより悪質だろうか。
「阿嫦」もおもしろいので、ぜひ読んでほしい!
諸星先生好きのクロジョにも収録作の中で一番お気に入りの作品について一言感想をもらった。
私は『アームレス』が非情で好きだな! グリム童話の『手なし娘』とはほぼ関係ないね!
過去の諸星大二郎劇場とつながりのある作品も2編収録されている。
- 「美少女を食べる」……諸星大二郎劇場 第1集『雨の日はお化けがいるから』収録「空気のような」
- 「タイム・マシンとぼく」……諸星大二郎劇場 第2集『オリオンラジオの夜』収録「原子怪獣とぼく」「ドロシーの靴 または虹の彼方のぼく」
苦味のある後味がよい余韻「美少女を食べる」
「美少女を食べる」に登場する悪趣味クラブはその名をとおり、裕福そうな紳士たちが悪趣味な話を披露する集まりだ。
語り部は「空気のような」のベネット卿からアシュトン卿に変わっていた。
ストーリーの結末はハッキリしない。悪趣味クラブの面々はアシュトン卿の話の真偽が分からないまま、正体不明の肉を《食べる》のだ。
数日前から娘が行方不明になっている会長も、目の前の料理を平気で《食べる》。
作中で真実が明かされないから、読者も悪趣味クラブの一員、共犯者として巻き込まれてしまう。この気まずさが物語の後味として残り、余韻となっている。
娘が行方不明なのに悪趣味クラブなんかに参加してるんじゃないよ会長!
ほんわかとしていてノスタルジックな「タイム・マシンとぼく」
むかしの映画をテーマにした春男くんシリーズ「原子怪獣とぼく」「ドロシーの靴 または虹の彼方のぼく」に続く作品が「タイム・マシンとぼく」だ。
春男が映画鑑賞をしつつ、年下の女の子・ちいちゃんの面倒を見るのがいつものお約束だ。
過去のちいちゃんは映画の途中にトイレ!とせがんだり、スクリーンの下にもぐっていったり大騒ぎ。
そして今回は映画を見終わると突然成長していた。
春男くんシリーズからは懐かしさを感じる(といっても舞台は私がまた生まれる前の話だが)
作中で起こる不思議な出来事はスリリングというよりも、ほんわかとしたもので温かい気持ちになるものが多い。
「タイム・マシンとぼく」はいつものちいちゃんではなく、少し大人びた《千鶴子》が現れ、春男を引っ張って歩く姿に少しドキドキした。
おわりに
実はこの短編集をはじめて読んだとき、あまりピンとこなかった。
たしかに諸星先生らしい不穏な空気は漂っているし、よい短編集だとは思った。しかし、どっぷりとはハマれなかった。
その理由は私が作品の背景を知らなかったり、忘れていたからだ。
- 同じように見える生き人形「阿嫦」と「星童」は何が違うのか
- 「舌切り雀」のつづらは「鳥の宿」ではどう変わったのか
- 「手なし娘」と「アームレス」に関連性があるのか
着想のもとになった作品や諸星先生を過去作を読み直してから本作を読むとそれぞれの違いが分かる。その途端、一気に面白さが増した。
諸星大二郎劇場第3集「美少女を食べる」は味わいのある短編集だ。