クロジョ
少し前に、えむと訪れた古本屋で『ミミの怪談』を見つけた。
この本は、伊藤潤二先生が怪談『新耳袋』にアレンジを加え漫画化した作品だ。出版年は2003年。
版元のメディアファクトリーは2011年に角川ホールディングスに買収され、社名が消えてしまった。
『ミミの怪談』は絶版のまま入手困難に陥り、中古価格が高騰している。
そんな中再びまみえることができ、うれしかった。
この記事では、そんな『ミミの怪談』の魅力を紹介していく。
黒を基調とした高級感のある装丁
この本はまず、装丁が美しい。
白の背景に黒いシルエットが印刷され、その上からエナメルのようなコーティングで主人公・ミミの姿を浮き出しにしている。タイトルにも同様のコーティングが施され、触ると凸になっているのがわかる。
光沢のある黒を基調とした高級感のあるジャケットだ。表紙絵が黒シルエットに黒でプリントされているのに対し、カバー裏面では表と同じ図柄が赤シルエットに黒線で見やすく印刷されている。
一枚カバーをめくった表紙と見返しには黒地に紫がかったシルバーのインクで『電柱の上にいるもの』という短い作品が印刷されている。裏表紙・見返しには『畑の看板』が載っている。このように細部まで贅沢な作りの本だ。
扉・目次ページには収録エピソードの1コマからおどろおどろしい図柄を抜粋し、ぼかしや文字の装飾によって怪談本らしい雰囲気を醸し出している。
全体として、潤二先生の絵柄を存分に生かした美しいブックデザインだ(装丁:箕浦卓、日毛直美)
収録作品(旧装版)
表紙・裏表紙(カバーを取った中身)
- 電柱の上にいるもの
- 畑の看板
本編
- 隣の女
- 草音
- 墓相
- 海岸
- ふたりぼっち
- 朱の円
原作『新耳袋』の紹介
『新耳袋』は、言わずと知れた大ヒットシリーズ怪談本。「百物語を10夜続ける」という体裁で、木原浩勝先生、中山市朗先生が全国各地で蒐集した怪談話を99話集め、1冊ずつの単行本にまとめた10巻本だ。
「ひと晩で100話目語り終えれば怪異が起こる」という言い伝えに基づき、目次に書いてある話数こそ99話としているが、実際には「隠しエピソード」をしのばせることによって100話達成している。
この『新耳袋』の全エピソードの中から選りすぐりの作品を漫画化したのが『ミミの怪談』である。
あとがきによれば、原作の木原浩勝氏から潤二先生は「どのようにアレンジしてもかまわない」と言われ、担当編集者から「キャッチーな女の子を主役に」と指示されて、大幅に話を脚色することとなったそうだ。
本書に収録されている8話のうち、7話は原作に沿って描かれているが、『海岸』だけはいくつかのエピソードをくっつけて1話に仕立てている。
それでは1話ずつ紹介しよう。
『ミミの怪談』全話【結末ネタバレなし】解説
電柱の上にいるもの
あらすじ
女子大生のミミは、ボーイフレンドの直人とのドライブ中に路上で奇妙なものを見た。
解説
全4ページの小篇。原作ではわずか1ページの作品で主人公を女子大生のミミとして据えることにより、続き物の中の1話として描いている。原題をそのまま生かしたエピソードだ。
畑の看板
あらすじ
ミミと直人の2人が畑のあぜ道で怪異に出遭う。
解説
全4ページの小篇。この話は原作者自身の学生時代のエピソードである。
隣の女
あらすじ
ミミは築40年の古いアパートに住んでいる。ある日隣室に住む全身黒ずくめの女と出くわし、女が落とした荷物を渡そうとして、女が隠していた体の一部を見てしまう。
解説
原作者が友人から聞いた話。原作では「女の体の一部が見えただけで怖くなって引っ越した」顛末が端的に語られている。
そこから潤二先生が想像をふくらませて、女の全身がどうなっているのか、隣の部屋では一体どのような光景が繰り広げられているのか、独自の解釈で描いている。
あまりにも奇抜な描写に笑ってしまうが、実際遭遇したらたまったものではない。この後ミミはアパートを引き払ってしまった。
草音
あらすじ
ミミは直人と早朝の森へ散歩に出かけた。そこで2人は首を吊った人の遺体を見つけてしまう。
解説
これもストーリーそのものは原作に忠実である。淡々とした怪談の味わいに加え、遺体のビジュアルで読者に衝撃を与え、恐怖を植え付ける。潤二先生の高度な画力が物をいうエピソードだ。
墓相
あらすじ
ミミは墓場に面したアパートに引っ越した。しばらくすると、夜な夜なゴゴゴ……と重い音が聞こえるようになる。墓地は真っ暗で、なにが起きているのか全く見えない。
朝になると、墓石の向きが変わっているところがあった。
解説
原作の主人公は男性。罰あたりなことをして霊の訪問を受ける話を、主人公を隣人の女子大生ミミに変換することによって傍観的に描いている。
海岸
あらすじ
ミミは直人、田中、古澤と4人で車で海に遊びにきた。古澤は海の家で働く女性を気に入り、早速仲良くなった。しかし女性は幽霊や死後の世界の話ばかりするので、ミミは気味悪く感じていた。
解説
『新耳袋』の話3つをミックスして、中編として仕立てている。
ふたりぼっち
あらすじ
ミミの父親が知り合いの娘さんを預かることになった。名前を恵(けい)ちゃんと言い、一日中ミミにまとわりついて離れようとしない。恵ちゃんには、独りぼっちになるのが怖い理由があった。
解説
原作ではM子さんとKちゃんのところ、「ミミ」と「恵ちゃん」に変換されている。
大筋はほぼ原作に忠実だが、Kちゃんを預かることになった「事情」と、原作ではさらりと言及された宗教儀式について、潤二先生の手で劇的なシーンが追加されている。
朱の円
あらすじ
ミミは直人と「幽霊はいるか、いないのか」という話からケンカ別れしてしまった。
それを聞いた友人の美砂は「私は信じるよ。最近私の身のまわりでも起きたんよ。奇妙なことが」と言い出す。
祖父母の家を取り壊している途中で、謎の地下室が現れたらしい。中に閉じこもった美砂の祖父は失踪してしまったのだという。
解説
原作者が知人の友人から聞いた話。元々あった地下貯蔵庫のさらに奥深くに謎の地下室があり、中に奇妙な円が描かれていたというところまでは『ミミの怪談』と共通している。
この話を聞いた著者は、一体なんに使う部屋であったのかを推測しているのだが、潤二先生はさらに話をふくらませ、一連の物語にオチをつけている。
完全版と旧装版の違い
旧装版で表紙・裏表紙に印刷されたエピソード『電柱の上にいるもの』と『畑の看板』 は今回復刊された『完全版』では本文に収録された。
旧版は装丁が非常に凝っていて美しいものであったが、この2つのエピソードに関して、読みやすさで言えば『完全版』の方が読みやすい。
またミミは登場しないものの、同じく『新耳袋』からのコミカライズである『お化け人形』は唯一の巻頭カラー作品として今回新たに収録されている。なかなかおどろおどろしい話で、怖かった。
お化け人形
あらすじ
イベント会社の桜井は、お化け屋敷の企画として、廃屋の倒れたふすまの下になにかが潜んでいて、長い髪を引きずりながら不気味なうめき声を上げるというアイデアを提案する。
桜井は企画のため、人形師の荒川に人形の制作を依頼するのだが……。
解説
『新耳袋』第十夜に収録された短いエピソードが潤二先生の手によって魔合体され、大幅に脚色されている。潤二先生が描いた「ふすまの下に潜んでいたもの」の姿はシンプルに怖かった。
オチの部分(録音してはいけない声を録音してしまう)では、事件現場の映像を気軽に撮ってネットに上げてしまう今日のスマホ時代を予見したかのような内容で、全く古さを感じさせず、新しく描き下ろしたのかと勘違いしたぐらいだ。
おわりに
私は10年来の『新耳袋』ファンとして、全10巻に及ぶこの怪談本をくり返し読み続けてきた。また木原浩勝先生監修のもと、最近出版されているコミックにも目を通した。
その上で言えるのは、潤二先生ほど大胆にアレンジを加えながら原作のおもしろさを生かして、そのさらに「斜め上」をいったマンガ家はいないということだ。
『ミミの怪談』は『新耳袋』コミカライズの最高傑作であり、今回復刊されたことはよろこばしい。追加されたエピソードもおもしろいので、新しい読者にはぜひこちらの新装版を手にとって読んで欲しい。
正直、旧版の装丁の方が凝っていて私は好き!
でも、読みやすいのは断然新装版ね。