伊藤潤二ファンの筆者が作品のあらすじや登場人物を紹介し、見どころを解説する【伊藤潤二作品・見どころ解説シリーズ】
今回は伊藤潤二先生の作品のなかでもギャグ・コメディ要素が強いシリーズ『怪奇ひきずり兄弟』を取り上げ、作品の魅力を読み解く。
シリーズ概要・収録単行本情報
『怪奇ひきずり兄弟』シリーズは計3話ある。(2023年1月時点)
作品名(ストアリンク) | 初出 | 収録単行本(入手可能分・ストアリンク) |
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怪奇ひきずり兄弟 第1話・次女の恋人 | ハロウィン1995年11月号 | 伊藤潤二傑作集4 死びとの恋わずらい |
怪奇ひきずり兄弟 第2話・降霊会 | ハロウィン1995年12月号 | 伊藤潤二傑作集4 死びとの恋わずらい |
怪奇ひきずり兄弟 第3話・桁ノ助叔父さん | AERA dot. 2022年8月(Web掲載/全3回) | 幻怪地帯 Season2 エーテルの村 |
『怪奇ひきずり兄弟』はホラー漫画雑誌「ハロウィン」1995年11月号から連載スタート。翌12月号でハロウィンが休刊したため、シリーズはわずか2話で止まったままだった。
第2話から27年後、朝日新聞出版のオンラインメディア「AERA dot.」にて続編『怪奇ひきずり兄弟 第3話・桁ノ助叔父さん』が公開された(掲載は2022年8月)。
シリーズ登場人物
ひきずり兄弟
名前 | 年齢 | 続柄 |
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一也 | 19歳 | 長男 |
黄子 | 18歳 | 長女 |
四五郎 | 16歳 | 次男 |
成実 | 14歳 | 次女 |
ヒトシ | 10歳 | 三男 |
みさ子 | 8歳 | 三女 |
長男・一也は家長として振る舞っており、仕事に行っているフリをしている無職。インテリぶってもっともらしい与太話で女性の気を引こうとする。
長女・黄子は容姿にコンプレックスがあり、成実や兄が連れてくる女性たちを目の敵にする。
次男・四五郎はキレイな女性を見るとヨダレを垂らしながら近づいていく不気味なキャラクター。兄が好意を持っている女性に接近するたび、兄の逆鱗にふれてひどい目に遭わされている。
次女・成実は一家で唯一の美形。自殺をほのめかして男を惑わせるメンヘラ美少女だ。「第1話・次女の恋人」では男の下宿に住み着き、自由を謳歌しており、「第3話・桁ノ助叔父さん」でも男と心中しようとしていた。
三男のヒトシは温厚で影が薄いが、霊的な能力に優れており、一也から恐れられている。
末っ子のみさ子は暴力的でなにかあるとヒトシに暴力を振るう。短編『いじめっ娘』に出てくる栗子をもっと粗暴にしたようなキャラクター。
小谷 (第1話・次女の恋人)
小谷は下宿で暮らす苦学生。昼間は仕事をしながら夜学に通っている。
2学年下の成実が同じ中学に入学してきた頃、全校男子とともに小谷も成実の美しさに惹かれていた。
サチヨ (第2話・降霊会)
サチヨは心霊現象に興味を持つ女性。
大学で物理を研究しているボーイフレンド(沢野)がいる。
穂垂(第3話・桁ノ助叔父さん)
穂垂は児童養護施設で暮らす14歳の少女。穂垂の名は施設に預けられた時に名付けられた。
目には見えない重たいものを背負っていると感じており、最近は他人のものまで背負うようになったため、重圧に耐えきれず施設を抜け出した。
あらすじ
第1話・次女の恋人
下宿をしている小谷のところへ中学時代の後輩・引摺成実から電話がかかってきた。自殺をほのめかす内容に驚いて小谷は下宿を飛び出し、橋の欄干に立つ成実を助ける。
家に帰りたがらない成実を見かねて、同居をはじめるが、数週間のうちに成実のズボラな性格が露呈し、小谷の不満は溜まっていった。
ある日、成実は兄に居場所が見つかり家に連れ戻される。やけになった成実は灯油を頭から被り、ライターに手をかけ……。
第2話・降霊会
引摺家の長男・一也が勤めに行くふりをして公園で時間を潰していると、心霊写真を撮影しようとしているサチヨと出会う。一也は自分の家が霊気が漂う怪しい屋敷だと言ってサチヨの興味を引き、家に招いた。
サチヨに見惚れた次男・四五郎の様子に腹が立った一也は食事の場で叱責、そこから全員を巻き込んだ騒動に発展する。母恋しさに泣き出すみさ子にかこつけて、一也は両親の降霊会をやろうと考案。再びサチヨを家に招く。
第3話・桁ノ助叔父さん
穂垂は児童養護施設を抜け出し、街を彷徨っていた。とある屋敷から何かを感じ、忍び込むと引摺兄弟がお墓に向かって必死に祈りを捧げているところを目撃する。穂垂は業の専門家を名乗る一也に怪しさを感じつつ、自らが背負うものについて知るため、屋敷に滞在することを決めた。
ある日、穂垂は長女・黄子から地下牢に食事を運ぶよう指示される。地下牢にはさるぐつわをされた三男・ヒトシが捕らえられていた。穂垂はヒトシの近くにいると体が軽くなるのを感じた。
業の真相に迫る穂垂は一也から引摺一家イチの業の持つ人物・桁ノ助叔父さんを降霊させると聞かされ……。
見どころ解説
『怪奇ひきずり兄弟』シリーズはホラーとコメディが融合した作品だ。
「第1話・次女の恋人」に登場する焼身死体や「第2話・降霊会」「第3話・桁ノ助叔父さん」で描かれる降霊など、ホラー的な要素はあるが、あくまで色付け程度であり、コメディの性格が強い。
引摺成美が巻き起こす騒動がホラーからギャグへ変容する「第1話・次女の恋人」
「第1話・次女の恋人」では成実の恋人・小谷が引摺屋敷に招かれる。そこには”丸焦げになった成実”が横たわっており、謝罪の気持ちがあるなら成実と同じ布団の中で添い寝してくれと言われる。
死体と一緒に寝るなど、おぞましい。まさにホラーと言えるのだが、その様子はどこかコミカル。作品のベクトルを笑いに振れされているのはひきずり兄弟の面々だ。彼らは悪事を行うことに対して悪びれもせず、全力で楽しんでいる。
読者も彼らに引きずられ、不謹慎な状況にも、つい、笑ってしまうのだ。
ギャグの度合いを増していく「第2話・降霊会」「第3話・桁ノ助叔父さん」
「第2話・降霊会」からギャグは加速する。2話の主題は兄弟ゲンカだ。美しい女性に目がない一也と四五郎が争うなかで、四五郎が兄弟の父を降霊させ兄を叱責し、立場を逆転させている。
後日、サチヨのボーイフレンドが分析した結果、四五郎が出したエクトプラズムはうどん粉とわかる。
ひきずり兄弟がくだらないことを全力でやる姿におかしみが生まれ、ギャグとしての側面が強く感じられる。
「第3話・桁ノ助叔父さん」では、舌をベロッと出してから「業」とつぶやく、桁ノ助叔父さんが登場する。このテキトー感、全力でふざけにいっている。
桁ノ助がゾンビとして復活すると、生前に心中直前で逃げられた梁代の娘である穂垂を見つけ、凄まじい執念で追いかけるが、ヒトシが降霊したひきずり兄弟の父によって一瞬で地獄へ吹き飛ばされてしまう。
ヒトシの協力によって難を逃れた穂垂は業がなくなった途端「じゃあね」と言ってヒトシを捨て去る。その薄情っぷりが笑える。
1話の小谷は兄弟に遊ばれる一方でやられっぱなしだったが、2話のサチヨはさっさと兄弟との縁を切り、3話の穂垂は都合よく兄弟を使っている。各話のキャラクターたちはやられっぱなしではなく、シリーズを通して立場が逆転した。それに応じて兄弟のマヌケっぷりが全面に出てきて笑いが増し、本シリーズのギャグ漫画度を高めているのだ。
怪奇ひきずり兄弟シリーズはコミカルで不気味な作品を好む人におすすめの作品だ。
『怪奇ひきずり兄弟』を読むなら
『怪奇ひきずり兄弟』を1話ずつ読みたい方はKindle版がおすすめ。
『怪奇ひきずり兄弟』が収録された単行本を購入するなら『伊藤潤二傑作集4 死びとの恋わずらい』
表題にもなっている名作『死びとの恋わずらい』を収録されている。
上記傑作集は1、2話のみの収録となっているため、3話を読みたい場合は『幻怪地帯 Season2 エーテルの村』を購入する必要がある。