2021年3月、伊藤潤二『幻怪地帯』が発売された。
マンガアプリ「LINEマンガ」に発表された4作品が収録されている。
この記事では『幻怪地帯』の全作品あらすじと感想を紹介する。
収録作品のあらすじ《ネタバレなし》
泣女坂(なきめざか)
譲と麻子は恋人同士で東北の田舎町を訪れた。
道中聞こえてきた泣き声のもとに向かうと、葬式で尋常でないほど大泣きしている女を見る。
女は泣女(なきめ)と呼ばれ、この地方では葬式に泣女を招き泣いてもらうことが最高の供養になるらしい。
その様子を見た麻子は突然声を上げて泣き出した。
旅行から帰ったあとの麻子は些細なことですぐに涙するようになる。
原因を探るため、2人は再び東北を訪れた。
魔怒女(まどんな)
雨野真理亜は全寮制のミッションスクール・天誠学園に転入した。
学園は威圧的な学園長夫人、通称《魔怒女》によって支配されていた。
真理亜は周囲の人たちの耳からパラパラと塩が出てくるのを頻繁に目にするようになる。
ある日真理亜は魔怒女がマリア像に秘密の告白をしているところを目撃してしまう。
青木ヶ原の霊流(あおきがはらのれいりゅう)
谷口則夫は死を決意し、恋人の美加を連れて青木ヶ原に入った。
死に場所を求めて、テントで一夜を明かすことになった2人はそこで林の中から不思議な光の筋を見つける。
翌日、光っていた場所に向かうとその周辺の木だけ葉が落ち、同じ方向に傾いて、幹がツルツルになっていた。
木をたどっていくと洞穴が見つかる。則夫はこの洞穴に魅せられ、とり憑かれたように執着した。
まどろみ
寺田拓也が飛び起き、テレビをつけると近所で起こった通り魔事件のニュースが流れていた。
被害者の写真が映し出されるのを見て、拓也は彼女を殺したときの状況をありありと思い出す。
しかし、殺人を犯す理由もなければ、犯行時刻には家で眠っており、前後の記憶もはっきりしない。
本当に自分が犯した事件なのか……? 拓也は苦悩する。
アプリで読むより100倍おもしろい
伊藤潤二先生の新連載がはじまると聞いて、私はウキウキでLINEマンガをインストールした。
そしていざ連載が始まると、たしかに伊藤先生の作品に違いないが、いまいち話に乗れず、いつものように引き込まれない。
単行本を読んだとき、違和感の正体がわかった。
アプリで読むより、全然おもしろい!
このマンガは単行本になることを意識してか、「見開き」で読んだときの視線の流れを考慮してコマ割りがされている。
そのため、アプリで1ページずつぶつ切りにされると、「見開き」のダイナミズムが失われ、なんとなく物足りない感じがしたのだ。
開いたページの流れもコマ割りも、作品のおもしろさの一部なのだと実感した。
紙の本で読むのが絶対におすすめ!
感想・考察【一部ネタバレ注意】
どの作品もぶっ飛んでおり、ホラーと笑いが隣り合わせとなったシュールな作品群だ。
さすが!ぶっ飛んでいる発想は健在
伊藤先生といえば、奇抜な発想が一番の魅力と言える。
- 亡くなってから二百年も涙を流し続けたお類ミイラ……「泣女坂」
- 謎のパワーを持った学園長夫人……「魔怒女」
- 霊流の虜になった流線形の人々……「青木ヶ原の霊流」
どれもわけがわからないがおもしろい。
どんな奇抜な設定でも、この世界ではそういうものなのだろうと思わせてしまうパワーがある。
ストーリーが進むにつれ、姿を変える「青木ヶ原」の人たちが性格までも変化するのがバカバカしくて最高
「泣女坂」の舞台造形が素敵
「泣女坂」で登場する街の怪しげな雰囲気がいい。
東北の田舎町に突如現れた異次元の店。
涙が滝のように坂を流れ、涙する目の絵や「慟哭」「泣女」といった看板があちこちに掲げられ、摩訶不思議な世界観だ。
いつかどこかで見た景色……これはきっとつげ義春先生の『ねじ式』のオマージュね
純粋なサイコスリラーとしての「まどろみ」
収録作のなかで、私のイチオシは「まどろみ」だ。
主人公・拓也が連続通り魔殺人事件の犯人は自分だと思い込み、精神を病んでいく過程がこわい。
《思い込み》が本作の重要なポイントで《拓也が犯人っぽいけれど、どうもおかしい》という感覚を拓也と読者が共有することによって、拓也に感情移入させる効果がある。
徐々に追い詰められていく演出もいい。
最初は自分の断片的な記憶のみで犯行を認識していたのが、部屋の中に覚えのない張り紙を見つけ、クローゼットに犯行に使われたと思しきロングコートといった物的証拠が次々に現れることによって、疑惑が確信へと近づいていく。
そして、テレビから流れるビデオ「切り裂きジョーカー」の犯行シーン。
たたみかけるような演出がスリリング!
ラストに向けて伏線を回収しながら、次々と描かれる怒涛の恐怖シーンに目が釘付けになる。
ホラー漫画ファンは必読。笑いを排除した本格サイコホラー
恐怖と笑い、緊張と弛緩を繰り返しながら読んだ単行本の最後に「まどろみ」が収録されたことで、ギュと引き締まった。
おわりに
伊藤先生のあとがきによれば「LINEマンガ」にはページ数の制約がなく、自由に書かせてくれたそうだ。
そのおかげで必要な場面が削られることなく、作品が完成されたのだから、ありがたい。
「LINEマンガ」掲載時にピンとこなかった読者もスマホではなく、本でもう一度読んでほしい。
やはり、本で読む伊藤潤二作品は格別の味だ。