2018年8月、呪みちる先生の短編集『顔ビル/真夜中のバスラーメン』が発売された。トラッシュアップからは、これが4冊目の単行本となる。
全て単行本未収録の作品を集め、都市伝説を下敷きにした話や、日常と地続きの場所で突如起こった怪奇事件を描いた作品集だ。
この記事では全11話のあらすじと感想を書き綴る。
収録作品のあらすじ《ネタバレなし》
「秘密のダイエット」
OLの金子は、楽して痩せる方法を探すのに躍起になっていた。それを聞いた同僚の子鹿は、金子にとっておきのダイエット方法を教える。
「顔ビル」
新入社員の山本は、通勤電車から見えるビルに親しみを感じ、心の中でビルと会話をするのが日課だった。
ある晩、山本が先輩の高志と帰ると、ビルは怒りに満ちた表情に変貌していた。

「第3京浜の追跡者」
山田よしおは先輩から借りたセダンで、三島みどりとのデートに向かった。よしおは交際を申し込むのに、勢いあまって、みどりが注文したカクテルを飲んでしまう。
よしおに代わって帰りの運転をすることになったみどりは、ハンドルを握ると人格が変わるタイプだった。
「宇宙耳かき」
よしこは同じクラスに転入してきた星から耳かきをもらう。
それは「耳かきマニア」の星が特別にカスタマイズした究極の耳かきだった。
「ヤキトリ奇談」
キャリアウーマンの主人公は年上の部下・佐々木に誘われ、焼き鳥屋にやってきた。
初めて見るホルモンのグロテスクな外見に初めは面食らうが、ひるむところを見せまいと果敢に挑み、佐々木を圧倒する。
すごすごと佐々木が去った後、隣席には奇妙な客の姿があった。
「アメリカのコート」
大学生の美杉はフリーマーケットで古いコートを買う。重たくサイズも大きすぎるコートを、美杉はいたく気に入り、常にコートを着て行動するようになった。
やがて夏が来たが、それでも美杉は決して脱ごうとはしなかった。

「真夜中のバスラーメン」
主人公は友人のトオルとドライブに出かけた帰り道、空腹を満たすために深夜営業の店を探していた。
廃車になったバスの車体を利用した屋台の「バスラーメン」を見つけて入ると、大勢の客で賑わっているが、なにか不自然な感じがした。
「地下街の怪」
バブル期に作られた巨大地下街ゼニモールは閉鎖され、今は一部の区画のみが名前を変えて営業していた。そこで働く主人公は帰りが遅くなると、閉鎖された区画を一人で通り抜けるのが怖くて仕方なかった。
その日も残業を終え、恐る恐る歩いていると得体の知れないバケモノに出会ってしまう。
「ピアスの白い糸」
昭和50年代。女子大生のカオルは「ピアスには運命を変える力がある」と信じ、一大決心をして耳にピアスの穴を開ける。その日を境にカオルは華やかに装いを変え、社交的で奔放な女性へと変身したが、周囲からは軽薄だとあきれられていた。
「雲脂肥育法」
ふけに悩む彪(ひょう)はあらゆる対策を講じてもなお増え続けるふけに業を煮やしていた。ある日頭皮から剥がれ落ちたふけに火をつけると、自分を苦しめたふけがよく燃えて快感を感じた。それから彪はふけを燃やすのに熱中する。
「七色の脳みそ」
小学生の君江は転校生の文代と仲良くなった。文代は母からの影響で、食べ物に添加物や農薬が入っていると過敏に反応するのが玉にキズだった。
別々の中学に進学したのを契機に疎遠になっていた二人だが、大人になって自然食品のスーパーで再会する。そこで君江は、文代から恐るべき話を聞かされる。

【ネタバレ】感想
メインは都市伝説シリーズ
収録作品の多くが都市伝説を下敷きにしている。
そのため読んでいるうちに「これ、どこかで聞いた話だな」と既視感を感じるのだが、そこは呪先生のテクニックであっと驚くような着地点を見せてくれる。
都市伝説シリーズで私が特に気に入っている作品は「七色の脳みそ」だ。
昨今では食品の安全性についての情報が多く出回るようになり、保存料・着色料などを過度に気にする人もいる。そこを突いたショッキングな描写と、二段構えのオチには驚かされた。
ぶっ飛んだ発想
「アメリカのコート」には、80年代アメリカのホラー映画のような雰囲気を感じる。
はじめはフリーマーケットで買ったコートを着て寝たらアメリカの夢を見たという無邪気な話だったが、夢に魅了された彼女は内気だった性格が大胆になり、徐々に狂っていく。顔つきまでも変わってしまうのが見どころの一つだ。
さらにラストの1コマにゾッとするオチが待っており、冒頭のシーンへとつないでいる。何回も元のページに戻って伏線を読み返したくなるトリッキーな作品である。
「真夜中のバスラーメン」も好きだ。
使わなくなったバスを利用したバスラーメンというのは実際にあるものらしい。これが呪先生にかかると怪奇スポットに早変わりする。見開きでバーンと謎が明かされるシーンは衝撃だ。
作中の、光と影の対比にもぜひ注目して見てもらいたい。

絵柄の魅力と奇抜なカラーリング
呪先生の絵柄には独特の魅力がある。
白と黒のハイコントラストを生かした画面構成。描線も筆書きのような強弱があって美しい。
そしてきわめつけは人物の目の魔力。狂人の揺るぎのない目つき、女性たちの憂いのあるひとみに惹きつけられる。
口絵のカラーイラストはイベント『サディスティックサーカス』のために描かれた2点が収録されている。サーカス団を描いたカラフルなもので、カラーリングが非常に美しい。
私は何度か呪先生のカラー原画を目にしたことがあるが、そのたびに先生のビビッドな色づかいに圧倒された。
今後はカラーイラストを集めた画集の刊行にも期待したい。
まずは無料ためし読みをチェック
収録作「七色の脳みそ」はリイドカフェ公式Webから無料で読める。
会員登録も必要ないので、未読の方はぜひチェックしてみて欲しい。
おわりに
この単行本はコミックとしては大判サイズで、呪先生の美しいイラストレーションが堪能できる。
ちなみに表紙の女性は「第3京浜の追跡者」のみどり。カバーを一枚めくれば、デートのときの衣装とそっくり同じものを着て、ドライブ用のグローブをつけた姿が見られる。
装丁も凝っていて豪華な単行本である。厚みがしっかりとあって、内容はどれも粒ぞろいの作品ばかり。
都市伝説シリーズでは読者諸兄も知っているあの話、この話と出会えるだろう。しかし結末では大方の予想を裏切るどんでん返しが待っているから、お楽しみに。
解説によれば、単行本未収録のまま眠っている原稿が数多くあるとのこと。ファンとして、次の単行本にまとめられる日を楽しみに待ちたい。