2019年1月、諸星大二郎劇場『オリオンラジオの夜』が発売された。諸星大二郎劇場としては『雨の日はお化けがいるから』に続いて2冊目となる。
初出は『ビッグコミックス』特定の条件下で受信できる「オリオンラジオ」を小道具にした6作品と、怪しげな映画館オリオン座が舞台となる2作品が収録されている。
この記事では全8話のあらすじと感想を紹介する。
収録作品のあらすじ《ネタバレなし》
サウンド・オブ・サイレンス
中学生のケンジとリョウタは空飛ぶ円盤を求めて、深夜の草むらにやって来た。そこにひょっこりと現れたのがクラスメートの木村だった。
彼は冬の晴れた日の夜にこの辺りで受信できるという「オリオンラジオ」の放送を聞くため、ポータブルラジオを持ってきていた。
ホテル・カリフォルニア
学生運動が盛んだった時代の終わり。池田は公園に通い、先輩から譲り受けたラジオで、冬の晴れた日の夜だけ聞ける「オリオンラジオ」を聞くのが習慣となっていた。
ある晩オリオンラジオを聞いていると、夜空に光る円盤を見つけた。
「あっ、UFO!」近くにいた女性が話しかけてきて池田は驚くが、その日からたびたび女性と出くわすようになった。
悲しき天使
小学生の真一は裏山を抜けて家に帰る途中、ひとりぼっちで「ラララー」と歌っている小さな女の子セツ子に出会った。
真一が話しかけると、セツ子は曲名はわからないが夜中にラジオで流れるのでいっしょに聞いてほしいと言う。
夜、再び森を訪れるとラジオを持ったセツ子が待っており、いなくなった父を待つためにここで毎晩「オリオンラジオ」を聞いているのだと話した。
セツ子は父がいなくなる直前にラジオからあの歌が流れ、上空には光る円盤があらわれ父を連れ去ったのだと言うが……。
西暦2525年
西暦2121年。タクローはホームコンピューターがマッチングしてくれた女性とデートし、一夜を共にした。
深夜タクローが目を覚ますと、女性はベッドを抜けだし、隣室で個人が放送している違法なラジオ番組を聞いていた。彼女が最近お気に入りの放送局では、古い音楽ばかりを集めて流しているという。
2人が150年前に流行した『西暦2525年』に耳を傾けていると、タクローは突如別世界に飛ばされた。
赤い橋
ユウ太は幼い頃に別れた母を捜すため、赤い橋を渡った。
同じように赤い橋を渡ってきたという少女メイ子と出会い、一緒にもやの中をさまよっていると、河原に積まれた石の陰にラジオを見つける。それはユウ太の母がよく聞いていたラジオだった。
2人は、恐ろしげな怪物が積み石を崩している様子を見た。
「こんなところに来ちゃいけなかったのかな」後悔するユウ太を、メイ子は引き留めようとするが……。
朝日のあたる家
坂井、矢野の2人は、同じ施設で育った小畑和浩(カズ)から手紙で呼び出された。「ぼくたちの朝日のあたる家で会わないか」
心当たりの場所は三つ。カズが住んでいた「朝日荘」3人でよく集まった喫茶店「サンライズ」どちらにもカズは現れなかった。
最後の心当たり、養護施設「希望園」の近くの崖下でカズは発見されたが、すでに死んでいた。
1年後。2人は亡き友人を偲び、思い出の場所をまた巡ることにした。
原子怪獣とぼく
小学生の春男が楽しみにしていた『キングコング対ゴジラ』を見に1人で映画館に行くと、目当ての映画は昨日で終わっていた。
がっかりする春男を見て窓口のおばさんは別の映画の券をくれ、近くの「木元オリオン座」へ行くように勧めた。
子どもばかりの場内で春男が着席すると、小さな女の子ちいちゃんにお手洗いに連れて行けとせがまれた。
ドロシーの靴 または虹の彼方のぼく
春男はドラキュラの映画見たさに小銭をかき集め、再びオリオン座に入場した。同時上映は『オズの魔法使い』
そこにまた、小さな女の子ちいちゃんが現れる。
ちいちゃんにせがまれ並んでいっしょに映画を見ていると、ちいちゃんは映画に登場する犬を抱っこしたいと言って、スクリーンをくぐり映画の世界に入り込んでしまう。
オリオンラジオとは
作中に登場するオリオンラジオを聴くには、条件がある。
- 冬
- 晴れた日(「赤い橋」ではモヤがかかっているように感じるが、これは別世界だからだろうか)
- 夜
- 特定の場所でだけ受信できる
周波数は不明。人に伝えようがなく、場所によっても聞こえないため聞くのが難しいラジオだ。
モチーフとなった曲
それぞれの話では諸星先生が題材にした曲がある。
- サウンド・オブ・サイレンス(サイモン&ガーファンクル)
- ホテル・カリフォルニア(イーグルス)
- 悲しき天使(メリー・ホプキン)
- 西暦2525年(ゼーガーとエバンズ)
- 赤い橋(浅川マキ)
- 朝日のあたる家(ボブ・ディラン/アニマルズ)
リアルタイムで聞いていた世代には、どれも懐かしい音楽なのだろう。私は知らないのでYouTubeで探して聞いてみたが、より世界観にハマることができおもしろかった。
【ネタバレ】感想
『オリオンラジオの夜』は1960~70年代を舞台にした作品が多く、この時代を知らない私にとっては新鮮だった。
主人公たちがラジオを介し大切な人との絆を感じる場面には切なさが混じり、ホラーというよりはすこし・ふしぎな味わいがある。
各話で、物語のテイストも異なる。未来の世界を描いたSF作品「西暦2525年」や日本昔ばなしのような「赤い橋」、ミステリー「朝日のあたる家」など……。
私が特に気に入ったのは「赤い橋」だ。
この世とあの世の境界に掛かる赤い橋を渡ると、もやの中を怪物が徘徊している。
ユウ太を引き止めあの世へ道連れにしようとするメイ子と、ラジオを介してこの世に引き戻そうとする母の攻防にハラハラした。ラスト、ユウ太を見送るメイ子の姿にはギョっとさせられるホラーな名場面だ。
読んでいるときには分からなかったが、この作品、昭和の有名人・エノケンと三島由紀夫がちらっと登場する。これにはワケがあり、巻末の作者あとがきで読んでなるほど!と納得した。
この話に登場する怪物は、賽の河原の鬼ね。親より先立ってしまった不孝な子どもたちを罰するため、石を積ませて、崩しては冥土に行かせまいとする悲しい仏教説話を下敷きにしているのだけど……。ラストにご注目!
ラスト2作では宇宙人がスクリーンから飛び出してきたり、逆に主人公がスクリーンの世界に入り込んでしまったりと「ふふっ」と笑ってしまう面白みがある。そして終幕、物語の舞台となるオリオン座の裏側が現れる最後のコマには思わず「おーい!」とツッコミを入れたくなってしまった。
『オリオンラジオの夜』は、昭和の時代の一コマを切り取ったノスタルジックな短編集。平成が終わり、令和を迎えた今、もう一度昭和を感じてみませんか?